古刹をめぐるα版
叡福寺
撮影:663highland(CC BY 2.5)出どころ

叡福寺

読み
えいふくじ
山号
磯長山
宗派
太子宗(本山)
本尊
如意輪観音菩薩
開基
伝・推古天皇
所在地
大阪府南河内郡太子町太子2146 地図
札所
新西国三十三箇所 客番/仏塔古寺十八尊 第2番/河内西国霊場 第21番/聖徳太子霊跡 第6番/西山国師遺跡霊場 第15番/河内飛鳥古寺霊場 第15番/神仏霊場巡拝の道 第57番(大阪第16番)
文化財
聖霊殿、多宝塔、絹本著色文殊渡海図ほか(重要文化財)/金堂、鐘楼、石造阿弥陀如来坐像ほか(府指定有形文化財)/境内(府指定史跡)
公式サイト
eifukuji-taishi.jp

叡福寺(えいふくじ)は、大阪府南河内郡太子町太子にある太子宗の本山の寺院。山号は磯長山(しながさん)。本尊は如意輪観音。新西国三十三箇所客番札所。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながのはか〉)がある。開基は聖徳太子または推古天皇とも聖武天皇ともいわれる。聖徳太子建立三太子の一つで、野中寺(羽曳野市)の「中の太子」、大聖勝軍寺(八尾市)の「下の太子」に対して、「上の太子」と呼ばれている。また、大阪みどりの百選に選定されている。 当寺にある叡福寺北古墳(磯長墓)には、聖徳太子、太子の母・穴穂部間人皇女、太子の妃・膳部菩岐々美郎女が埋葬されているとされ、「三骨一廟」と呼ばれる。当寺の所在する磯長(しなが)は蘇我氏ゆかりの地であり、聖徳太子の父・用明天皇と母はともに蘇我氏の血を引いているが、この古墳の被葬者を聖徳太子とすることについては異説もある。なお、叡福寺近辺には敏達天皇、用明天皇、推古天皇、孝徳天皇の陵もある。

出どころ: ウィキペディア「叡福寺」CC BY-SA 4.0)。記事の冒頭の要約。

ほかの写真2枚

金堂
金堂撮影:Saigen Jiro(CC0)出どころ
南大門
南大門撮影:KENPEI(CC BY-SA 3.0)出どころ